1997年。
大学卒業後、22歳の僕は大手旅行会社に就職し、それとともに、学生時代に熱中したライフセービングの国内初のプロ契約を交わした。
あれから10年…。
自分の中ではこの10年でライフセービングというスポーツ、そして、活動自体との関わり方が大きく変わってきたように感じる。
学生時代は無我夢中に毎日を過ごし、海に入り、監視して、大きな大会のタイトルを一つでも多くとる事が一番だと感じていた。
そしてプロになり、狭かった自分の世界の扉がこじ開けられ、いやでも厳しい現実を見る事となった。
「一生ライフセーバーのチャンピオンでいたい!」
これが頭の中のほとんどを占めていたあの頃。
そんな勢いで20代は突き進み、メディアに露出できたおかげで様々なスポンサーにもご協力を頂けた。
“勝つ事が何よりも大事だ”と感じていた自分の心。
しかし、年齢を重ねる事で少しずつそれとは違う何かが心の中に生まれ、自分の価値観を変えていったように感じる。
ビッグアイランド「ハワイ」に行く事は、自分にとってのライフセービングの一つのこだわりだった。
そこにはハワイアンインターナショナルオーシャンチャレンジという国際大会がある。
学生時代から連続6年は参加した大会だ。
気持ちが大きく変わった決定的な出来事があったわけではないが、
ハワイに度々行く中で、自分にとって人との交流手段の一つに海があり、そしてライフセービングがある事を確信した。
海外でのライフガード就職も考えた。
が、自分はやはりコテコテの日本男児なので、どうせなら日本でライフセービングをもっと確固たるものにしたいと考えるようになった。
「ライフセービングを日本で職業として確立させたい!」
これが今現在の自分の本心。
チャンピオンという目標は結局自己満足で、職業としての確立という目標は自分にとっての使命。
その活動の第一歩として、昨年から千葉県館山市にてライフセービングを中心としたクラブ『TATEYAMA SURF CLUB』を設立し、ライフガード業務も行った。
自身の節目となる10年目の今年は、館山で『OCEAN+FEST館山』を開催することになった。
構想は10年くらいは練っていた。
もちろん原点はハワイ。
自分を育ててくれた方々や、仲間、海に感謝し、それを形にしたようなイベントだ。
イベントは環境問題、マリンスポーツの普及等、自分だけではまだまだどうにも出来ない事にもあえて挑戦して、多数スローガンを掲げての旗揚げとなった。
もちろん、スパイスとしてメインにOCEAN+Z(オーシャンズ)というオリジナルレースも作り、単純に『海で一番強いのだあれ?』みたいなレースを作ってみた(これはすごいレースになりそうだ)。
当たり前だけど、今回10年目に色々と始めたことによって、改めて自分の力だけではどうにもならない事がたくさんある事を認識し、だからこそ多くの人に力を借りて、多くの人に集まってもらい、その時生じる大きなパワーを信じて突き進んでいこうと思う。
ただひとつ言えること。
10年経った今、チャンピオンをひたすら追求していたあのときよりも、常にドキドキしている。常にワクワクしている。
これからも様々な挑戦を続けていくことはもちろんだが、どうせならみんなで挑戦し、みんなでワクワクしていきたい。
ライフセービングという恐らく一生極められないものに出会ってしまった僕は、それを一生の使命とし、仲間たちとともに追求していくことだろう。
これから生まれてくる子供たちは楽しく海で遊んだり、泳いだりできるかな?
なんて、そんなことすら心配になってきた現在。
自分の今後の行動リストの中に、早くそんな心配を解決できる項目を作らないといけない。
“SAVE THE OCEAN SAVE THE EARTH”
10年前に自分の心のリストに入っていたこと。
みんなで考えて、そして出来ることから問題を解決しなければいけない時代が来ている気がする。
大学卒業後、22歳の僕は大手旅行会社に就職し、それとともに、学生時代に熱中したライフセービングの国内初のプロ契約を交わした。
あれから10年…。
自分の中ではこの10年でライフセービングというスポーツ、そして、活動自体との関わり方が大きく変わってきたように感じる。
学生時代は無我夢中に毎日を過ごし、海に入り、監視して、大きな大会のタイトルを一つでも多くとる事が一番だと感じていた。
そしてプロになり、狭かった自分の世界の扉がこじ開けられ、いやでも厳しい現実を見る事となった。
「一生ライフセーバーのチャンピオンでいたい!」
これが頭の中のほとんどを占めていたあの頃。
そんな勢いで20代は突き進み、メディアに露出できたおかげで様々なスポンサーにもご協力を頂けた。
“勝つ事が何よりも大事だ”と感じていた自分の心。
しかし、年齢を重ねる事で少しずつそれとは違う何かが心の中に生まれ、自分の価値観を変えていったように感じる。
ビッグアイランド「ハワイ」に行く事は、自分にとってのライフセービングの一つのこだわりだった。
そこにはハワイアンインターナショナルオーシャンチャレンジという国際大会がある。
学生時代から連続6年は参加した大会だ。
気持ちが大きく変わった決定的な出来事があったわけではないが、
ハワイに度々行く中で、自分にとって人との交流手段の一つに海があり、そしてライフセービングがある事を確信した。
海外でのライフガード就職も考えた。
が、自分はやはりコテコテの日本男児なので、どうせなら日本でライフセービングをもっと確固たるものにしたいと考えるようになった。
「ライフセービングを日本で職業として確立させたい!」
これが今現在の自分の本心。
チャンピオンという目標は結局自己満足で、職業としての確立という目標は自分にとっての使命。
その活動の第一歩として、昨年から千葉県館山市にてライフセービングを中心としたクラブ『TATEYAMA SURF CLUB』を設立し、ライフガード業務も行った。
自身の節目となる10年目の今年は、館山で『OCEAN+FEST館山』を開催することになった。
構想は10年くらいは練っていた。
もちろん原点はハワイ。
自分を育ててくれた方々や、仲間、海に感謝し、それを形にしたようなイベントだ。
イベントは環境問題、マリンスポーツの普及等、自分だけではまだまだどうにも出来ない事にもあえて挑戦して、多数スローガンを掲げての旗揚げとなった。
もちろん、スパイスとしてメインにOCEAN+Z(オーシャンズ)というオリジナルレースも作り、単純に『海で一番強いのだあれ?』みたいなレースを作ってみた(これはすごいレースになりそうだ)。
当たり前だけど、今回10年目に色々と始めたことによって、改めて自分の力だけではどうにもならない事がたくさんある事を認識し、だからこそ多くの人に力を借りて、多くの人に集まってもらい、その時生じる大きなパワーを信じて突き進んでいこうと思う。
ただひとつ言えること。
10年経った今、チャンピオンをひたすら追求していたあのときよりも、常にドキドキしている。常にワクワクしている。
これからも様々な挑戦を続けていくことはもちろんだが、どうせならみんなで挑戦し、みんなでワクワクしていきたい。
ライフセービングという恐らく一生極められないものに出会ってしまった僕は、それを一生の使命とし、仲間たちとともに追求していくことだろう。
これから生まれてくる子供たちは楽しく海で遊んだり、泳いだりできるかな?
なんて、そんなことすら心配になってきた現在。
自分の今後の行動リストの中に、早くそんな心配を解決できる項目を作らないといけない。
“SAVE THE OCEAN SAVE THE EARTH”
10年前に自分の心のリストに入っていたこと。
みんなで考えて、そして出来ることから問題を解決しなければいけない時代が来ている気がする。








